2017/07/18

『40年目の知床』


僕が知床半島羅臼側にあるモイレウシという美しい湾にはじめて行ったのが確か今から40年ほど前、僕が小学校5,6年の頃だったと思う。当時はまだ知床横断道路は開通しておらず、親戚の漁師のおじさんに道路開削中の知床峠に連れて行ってもらったり、道路の果てる相泊港から漁船に乗ってモイレウシ湾に行き、番屋の前にテントを張って釣りをしたり磯遊びをした楽しい思い出が残っている。


それから20年後、すっかり知床から遠ざかっていた僕は、ガイドになったことをきっかけに当時の楽しい思い出をたどって知床の海岸を歩くツアーを企画するようになった。
知床岬にも何度か足を運び、ウトロまでの約60kmの海岸線を5日間かけて歩いて泳いで踏破したのが2回。溺れかけたり、何度か熊に追いかけられてまさに死に物狂いの冒険だったけど(笑)



その頃の知床は世界遺産の候補に選定され(僕は登録に反対だったけど…)、少しづつ観光客やネイチャーガイドも増え、ルールや取り巻く環境も変わりはじめた時期だった。それでも道なき道に一歩踏み出せばそこは昔と変わらないウィルダネス。自分の足と五感で自然と対峙して行動しなければならないフィールドが残っていた。


番屋では船頭や漁師さん、飯炊きのおばさんにお世話になることも多く、網起こしの船に乗せてくれたり、時鮭のチャンチャン焼きを囲んで明け方までドンチャン騒ぎしたり・・・。それでも漁師さんたちは漁の時間になるとパッと起きて、寡黙に淡々と仕事をこなし、僕らの存在もまったく無視する感じで(笑) カッコよかったな~。

もちろん番屋でのひと時は、クマなどの恐怖から解放された安堵の時間であって、それ以外は常に緊張の連続なんだけど…。


巨岩や断崖が続く知床の海岸線は、とても歩きづらく、重い荷物を背負ってのヘつり(岩壁の横移動)や高巻きはなまらしんどいんですね。沖をスイスイカヤックで漕ぎ進む新谷さんの一団をうらやましく思ったりもしました(笑) いまも現役で知床でガイドをしている新谷さんはホントすごいと思います。

また、今ではHTBの長寿コーナーとなった阿部幹雄さんのMIKIOジャーナルで岬歩きを取材してもらったことも良い思い出です。阿部さんも長年知床のクマを追い続け、多くの人にここのヒグマたちの生態を発信し続けてくれているおかげで、ヒグマとの事故を未然に防ぐ重要な役割を担って頂いています。

他にも、NHKスペシャルにも特集されたことのある岬の番屋にひとり住んで拾い昆布漁をしている『ゆりばあちゃん』の笑顔は、岬を目前に疲れ果てた僕らに癒しを与えてくれました。訛りがすごくて半分何言ってるかわからなかったけど・・・(笑) 

そして、僕がガイドとして知床に来てからずっとお世話になっていた相泊の民宿『熊の穴』の御主人木野本さんも愉快な方でした。言ってることが冗談か本当かわからない語り口に、口元から金歯が光るチャーミングな笑顔(笑) 毎度知床岬までの迎えの船を頼んでいたんだけど、衛星携帯電話も無線もなかった当時、岬手前にある赤岩の幕営地に何日の何時何分に迎えに来てください!というと、「時化たら行けないからな、そん時は歩いて帰って来いよ」などと言われ、いつもドキドキな気持ちで迎えを待っていた思い出があります。

ある時、とても濃い霧の中、近くの番屋の漁師が「こんな霧なら迎えに来れないべさ。しばらくは無理だ!」なんて不安が募るようなことを言った直後に、深い霧の向こうから船外機のエンジン音が聞こえ、おっちゃんが現れた時はもう僕らのスーパーヒーローでした(笑) 感動のあまりおっちゃんに「すごいルートファインディングだね!」と褒めたたえると、にっこり笑ってひとこと 「GPS買ったんだ~」そして次の言葉にオチが集約されていました。「行きはなんとか設定できたんだけど、戻り方がわかんないわ~。あんた地図見て誘導してくれ」もちろん、みんながズッコケたのは言うまでもありません(笑)


ちょっと長々と思い出ばなしに浸っちゃいましたが、そんな個性あふれる人たちがいる大好きな知床ですが、ここ数年は足が遠のいていました。雪山や手前にある知床岳(ここもなかなか手ごわい山ですが…)にはちょいちょい行ってたんですが、海岸トレックはすっかりご無沙汰な感じで。

その理由として、増え続ける熊に対して、ガイド的にちょっとリスクが高くなったなぁ~ってのもあるんだけど、ホントのところは、数年前に熊の穴のご主人が亡くなり、そしてお世話になっていた番屋の船頭も引退してしまって、なんとなく僕の心の中でぽっかり穴が開いたというか…。

そんな経緯(いきさつ)があった知床海岸トレックですが、世界遺産に登録されて12年目となるこの夏、数年ぶりにモイレウシまでのツアーを企画してみました。参加してくれた3名のおかげでなんとか催行できたんですが、改めて知床の凄さとうか、奥深さを感じた次第で、やっぱり来てみてよかったなと。


これから先、知床がどう変わっていくか危惧するところもあるけど、体力的に歩ける限りはまたあの岬を目指して歩いてみたいなーと思った訳で…

そんな地の果てシリエトク、野性味たっぷり溢れる日本のラストフロンティアをみなさんもぜひ歩いてみませんか?来年お待ちしています!たぶん…企画しますんで(笑)


all photo by Ayako Niki